世界が終わる夜に

 

 

 

同担拒否の方に苦手意識のあった頃の私に読んで欲しい、同担拒否気味の私からの手紙。

そして居心地の悪い世界を捨てる勇気のない過去の私への手紙。

 

タイトルはわたしの好きなバンドの好きな曲からもらってきました。この曲で、1番好きなのは「わたしが神様だったら こんな世界は作らなかった」。

 

 

 

 

"同担拒否"と聞いて、あなたはどんな人を思い浮かべますか?

わたしは、みんなリアコで自担は「わたしのもの」だと思い込んでいる人達だと思ってました。だいたいメンヘラかつ量産型、規定外のうちわ、「○○くんって恋!」と他担が言ってるのも許せない、同担と自担の素敵なところを分かち合えない可哀想な人達、そういう目で見ていたのです。

上記のThe 同担拒否!って人ももちろん世の中には沢山いて、同担拒否気味になった今、別にそれもありなんだろうな〜と思っています。分かり合えるかと言われれば多分難しいけど、言いたいことは分かるようになりました。

 

わたしは同担拒否にも抵抗があったし、逆に言えば同担が大好きでした。自担のいいところは同担にしか細部まで伝わることは無いし、現場でも他担はわたしの自担をずっと見てくれることは有り得ないので、"今日のここが可愛かった""今日のあの時何してた?"という会話は同担としか成り立たない。どんなに仲が良くても天と地がひっくり返っても他担は他担なのです。この考え方は同担拒否の方に苦手意識があった頃から今まで変わってはいません。

ただ、同担というのは想像以上に難しい生き物でした。自担はこの世界にたった1人しかいません。でも、自担のことを好きな人はこの世界に沢山います。だって、自担の職業はたくさんの人から愛される「アイドル」なのだから。

 

わたしが同担を苦手になったのはたくさんの積み重ねから徐々に苦手になりましたが、大きな要因は「応援の仕方」のベクトルに差が出てきたことからだったと思います。

ここではあまり多くは語りたくありませんが、"あれ?周りとベクトルがズレてきてる?"と思った頃には、私の周りは私を異端児を見るような目で見ていたのです。(正直、思い込みだった部分もあると思うんですけど、そうじゃなかったな〜とはっきり分かるようなこともあったなあって)

私も私で、所謂DDも苦手になってきます。8.8を過ぎたあたりからかなり酷くなった自覚はあるけれど、その少し前から苦手意識はあったように思います。ちょうど私の周りは掛け持ち先が多い子ばかりでした。私は自担にデビューして欲しくて頑張ってるのに、あの子は他グルにも沢山掛け持ちがいて、なんで8.8でTravis Japanがデビューできなかったと泣いているんだろう?あなたの好きなSixTONESSnow Manはデビューが決まったじゃない、と、そう思ってしまったのです。あの日が私にとっても境目だったと思います。小さな小さなことだと思うけれど、"あなたが好きだというわたしの自担があなたの前から居なくなっても、あなたには他にもいるじゃない、わたしには自担しかいないのに。"こう思ってしまったら転げ落ちるように同担が苦手になるのです。

同担拒否にも種類があるんですよね。自分がなってみてやっと気づきました。今はさして同担拒否とまでは言えませんが、冒頭から言っているように同担は苦手意識を持ったままです。でも、わたしの同担拒否(めんどくさいので同担拒否って書いちゃいますね。)は決して自担を独り占めしたいから、リアコだからという理由では無いです。同担に裏切られるのが心底怖いから、なのです。大好きだった友達に、マウントを取られ、わたしも負けず嫌いだからとやり返して、結局ズタズタにされた挙句、周りを巻き込んで私の悪口を言われるのが心底怖いから。簡単に言うと、トラウマなんだと思います。1人の同担から始まったわたしの同担拒否は暫くこじらせていました。

同担拒否だと自覚してからわたしは数ヶ月間、アカウントを変える勇気が出ず、苦手な同担がたくさんいるTLに住み続けます。これも全然良くない行動でした。前述した通りこじらせるだけだった。ミュートにするなど自衛はするものの、わたしのフォロワーは界隈がもうそこにしかないのかと言うくらいみんなが仲良くて、うっかり知らないなんてことがあって話が通じないとミュートにしてることがバレてしまう、それだけは避けなければならなくて、ミュートにしてる相手をたまに覗きに行くなんてことを続けてました。(人として)苦手になってしまった同担を覗きに行ってふつふつとした物を持ち帰ってきて、精神衛生がいいわけないんですよね。あの頃の私は「メンヘラ」の一言に尽きる害悪なオタクだったと思います。

そして、わたしはついぞ、そのアカウントを捨てました。ふと、今なら捨てられると思ったのです。捨てるまで友達が居なくなるんじゃないかとうだうだしてたのに、捨てた今、驚くほど解放されています。たしかに前のアカウントで仲良くしてくれてた友達は数人しか残っていません。1番仲良かった他担すら縁が切れつつあります(未だに前垢の小規模は動かしてるのでかろうじて繋がってるけど)。今唯一怖いのは、現場で出くわした時どんな顔をしたらいいのかということくらいで、それ以外に怖いことなんてもうないんです。だって今いるアカウントの友達が最強だから。

新しいアカウントで出会った友達は多少の差はあれど、同じ価値観を持った優しい子たちばかりで、なんでもっと早く前のアカウントを捨てられなかったのかとすら思えます。この子となら連番したいと思える同担にも出会えて、私の居場所を見つけられたことが最高に幸せです。

同担拒否を克服しなきゃと意地になった時期もあったけど、それも無理するとやっぱりこじらせる原因になるので、気の合う同担が1人見つかったらいいなと思えたタイミングで見つければいいんです。わたしはそう思った時に1発で出会えて本当に奇跡だったなあと思います。

 

オタクの仕方は自由です。DDも、同担拒否も自由なんです。わたしはDDが苦手だけど、否定するつもりはありません。わたしにも推しが沢山いた若かりし頃があるので。DDが苦手な理由も、わたしはわたしの自担に幸せになって欲しいからというエゴもエゴ、エゴのど真ん中のような理由からです。わたしには1人を幸せにすることで精一杯だから、1番しかいないから、掛け持ちできる人への僻みなのかもしれません。だから否定してるわけじゃない。でも、人間である以上万人となかよしこよしは難しいのです。わたしが苦手だということで、自分は不快にはならないし、相手にもこちらが苦手だと伝えた以上に不快な気持ちにさせることはない。これが最善の策なのです。踏み込まれたくないラインを明確にすることで、被害が格段に少なくなるのです。

 

"なんで同担拒否なんてしてるの?"と思っていた私は、これを見て少しは納得してくれるんでしょうか。きっと何言ってんのって笑うんだと思います。わたしは頑固な性格なので。大好きな友達がある日突然敵に見えるなんて想像もできないのです。他人事だと思っている私はそれまで幸せで平和なオタク生活を歩めていたんだなあと、今の私は思います。

今まで築いたものを大事にする気持ちも大切にして欲しいけど、捨てる勇気も大事にしてね。あなたが開放されるまでの約半年は泣いてばかりの半年でした。泣かずに済む世界があると分かっていたのに、勇気がなくてしがみつく事ばかり考えていたけれど、捨てるのは容易ではなかったけれど、世界は本当に広いです。1.5万人収容の横浜アリーナを埋められるグループを好きなんだから、当たり前なんだよ。あなたが生きてるたった150人程度の世界はあまりにも狭い。フォロワーなんて沢山居なくてもいいの。わかってくれる人が少しいればいいんだよ。泣いてばかりの私がほしかったのはこういう言葉でした。欲しい言葉はわたしにしか掛けられないし、過去の私が読むなんてことはパラレルワールドとかタイムマシンがない限り無理だけど、自分が求めてるものを本当に逃してしまう前に行動出来ますように。

 

 

なんだか重たくなっちゃったな。

もう一回だけ言うけど、同担が苦手になっても、泣いてばかりの半年をすごしても、わたしは今とっても楽しくオタク生活を送ってるから、今の自分を認める勇気も、今までの世界を捨てる勇気も持って正解でした。はっぴ〜おたくらいふ!と胸を張って言える今が最高に楽しいです。

 

 

 

未来の私より。