白昼夢の中を泳ぐ

 

 

 

2022.10.28

泥臭くなってまで夢見た"Travis Japan"のデビュー日。

 

 

 

 

その日が刻一刻と近づく中で、書いたり消したり書いたりを繰り返してぜーんぜん進まなくて困っちゃうなあ………

 

2022.9.29、Travis Japanが世界デビューすることが発表されて、そこからデビュー日まで29日間。Jr.担としての命の長さ。4年半続けたJr.担の寿命があと1ヶ月弱だよ〜なんて言われて結構ちゃんと戸惑った。だってわたし、ほとんどJr.担しかやった事ないんだもん、デ担なんてできる気がしなくて(笑)あっという間の4年半だった。

 

この機会だからって思ってたわけじゃないけど、無意識的に過去のことを思い出すことが増えた気がするな。春は横アリに行きたくなるし、夏はやっぱりTDC、秋には新国立劇場新橋演舞場南座、冬はやっぱり帝劇。春夏秋冬色んな会場や劇場に思い出があって、全部が海人くんとの思い出なんだと思うと、4年半って思ったより長いんだなって思い知った。秋は欲張りになっちゃうくらい好きな劇場だらけだった(笑)色んな季節に、好きも嫌いも嬉しいも楽しいも辛いも詰め込んで、ちょっとずつ増えたそれを大事にしてきたんだな〜。自分でもびっくりしてる。

雑誌見返したり、動画見返したり。好きだった海人くんが本当にいっぱいいて、あーこの髪色好きだったなとか、この衣装良かったなとか、この選曲しびれたなとか、この時友達とこんな会話したなとか。

好きになってから4年半、本当に本当に色んなことがあった。紆余曲折もいいところすぎるくらいには。ここまで海人くんが1番!のオタクでいられてとっても幸せ。ずっと、「海人くんしか好きになれないって自分でよかった」って思って生きてきてるけど、それにしてもここまで来るとひとしおだな。死ぬほど悔しい想いもしたけど、この4年半変わらなかったのは、Travis JapanもわたしもTravis Japanを諦めなかったこと。

後悔先に立たず、とは皮肉だなと思いつつよく言ったものだなと思う。やらなかった後悔よりもやった後悔、とよく聞く。その通りだと思って頑張ってきた。夢の途中だって信じて、心が折れても無理矢理折れてないふり見てないふりして、ガス欠起こしてるのだって知らんぷりして前だけ見てきた。だって、Travis Japanはいつだって前を見てたから。

'19夏、「宇宙にいったライオン」を聞いた時の気持ちが、あの時の景色がたまにものすごく懐かしくなる。あの特大イベントを知らなかったはずなのに、タイミングがよすぎる選曲。7人それぞれの顔をはっきり覚えてる。あの時の7人に会えたなら、「だいぶかかっちゃうけど、諦めないでよかったって思えるから負けないで」って言いたい。そんなこと言わなくたって負けないでいてくれるから、言わない方がいいのかもしれないけど(笑)

兎にも角にもあの夏は本当に特別だった。Travis Japanを変えたのも、オタクを変えたのもあの夏だった。誰が見てもそうだと思う。支えたなんて差し出がましい言い方はしないし、そんなこと思ってもないけど、自分なりにという保険付きで頑張ったなとは思う。サマパラはぜーーーーーんぶ大事な思い出だから、早く円盤にして売ってください!(笑)あんなに泣いた夏は無いのに、どうしてもあの夏に戻りたいと思ってしまう。きっとこれからもそう思うんだろうけど、この先のTravis Japanが見せてくれるバカデカ景色をとても楽しみにしてるよ。

 

"日本のアイドルを応援する"という真髄を見せてくれたのもTravis Japanたった。どうやら私は典型的ジャパニーズアイドルヲタクのようで、"完成したもの""完成にかなり近いもの"には全く興味がない。ジャパニーズアイドル文化は完成には程遠く、そこからいかに成長するかを楽しむものだ。(対極にいるのはKーPOPアイドルであることは言うまでもない。)

このシステム、日本では意外と色んなところにある。地下アイドルもそう、ジャニーズに限らず女性アイドルも一般の子からいきなりカメラの前に立つシステムが今は人気だ(秋元方式と呼んでる。逆はつんく方式。)。かの有名な宝塚歌劇団スターシステムという地獄システムを導入することで、よちよちの時から目立つポジションを得る生徒さんがひと握りとは言え一定数いる。そして目につくので人気がある程度つく。

こんなに「成長を楽しむコンテンツ」が溢れる中、その面白みを教えてくれたのは今や乃木坂46の中心となった齋藤飛鳥ちゃんであった。好きになったのは9枚目の頃、彼女はまだアンダー常連でアンダーと選抜の後ろをなんとなく行き来してた不安定な時期。彼女はそこから1歩ずつ前に出る。11枚目は3列目端、13枚目で2列目に、15枚目でセンターになった。あれよあれよという間だった。握手券の売れ行きで、押し上げたオタクがいることを実感した。

それから暫くして遠回りしつつTravis Japanにたどり着き、あの夏を迎えた。自分が金を出す番になったんだなあとぼんやり思ったし、目の前の数字と戦わなきゃいけないと実感した。

あの頃分かりやすかったのは、虎者のティザー、Jr.チャンネルのヘッダー、うちわの売れ行き(売り切れるか)、某大賞などのランキングにどれだけ乗るか、ドル誌以外にいかに取り上げてもらうか。なんならあの頃は少クラにさえ干されてた地獄の期間だった。1回の別撮りを半年に分割して放送するっていう謎システム。あちこち戦わなきゃいけないものがあって、どれも相手にする覚悟だった。ていうか相手にした。

やりきった〜と思っている。某大賞はもちろん、国宝級だのベストジーニストだの。ジャニーズ乱立のせいでその後からシステム変わったのは本当にごめんなさい(笑)それでも海人くんに2位あげられたし、勝ちたかった相手に勝てたからわたしはとっても満足してる!(笑)あの頃一緒にやってくれた他担の友達に本当に感謝してる。

数字を出せば夢が叶う(かもしれない)、と教えてくれたのは8.8デビュー組のオタクだ。おかげでやり方を学んだと思ってる。あの夏がなければ、あの奈落の底よりさらに奥底を見ていなければ、わたしはきっと今この景色を見てないんだと思う。金も時間も私なりに最大限掛けたんだから簡単にオタクやめてたまるかって意地みたいなのがないと言ったら嘘になる。

そして、今思えば齋藤飛鳥ちゃんは「成長を見守るコンテンツ」だった。わたしは茶の間無銭だったので。そしてJr.のTravis Japan、とくに自担の中村海人さんは「一緒に成長したい(夢を見たい)コンテンツ」だった。これが傍から見るのと渦中に飛び込むことの決定的違いだったんだなと思う。齋藤飛鳥ちゃんで学んだ、オタクは一緒に夢を追うものだということを中村海人さんで実践したと言っても過言じゃない。まあ、今思えばなので後付なのかもしれないけど。

 

 

デビューの景色とは如何に!と思っていた。デビュー発表の仕方もデビューの仕方も多様になったジャニ界隈なので、これはTravis Japanのオタクであるわたしという一個体の感想だけど、幻を見ているような感覚。向こう側の陽炎を眺めてるような、でも目の前で確実に起こってる現実であって…っていうふわふわした部分が強い。多分こんな感じであっという間にデビュー5周年とか迎えるんだと思うってくらい実感がない。

だって、自担は変わらないしTravis Japanも変わらない。デビューするもしくはした証拠をかき集めてもかき集めても実感が湧いてくるわけじゃない。小出しにされる匂わせ(ティザー)を見ても、実感があるようで全くない。世間にはそれで実感して涙する人もいるようだけど、こんなに追いかけてきたのにこのたった一度のタイミングが蜃気楼のように思えるの、どうにかならないかな(笑)メンタルが豆腐よりもクソなのでよく泣くくせにこういう時ばっか泣けなくて嫌だな。あとから実感はついてくるのか、ちょっと不安になる。

 

いつだって先は見えなかった。4年半前のわたしは自担にデビューしてほしいと強く願う日が来ると思ってなかったし、3年前のわたしは自担が世界デビューするなんて思ってもみなかった。この先どうなるんだろうなんて、ふと思ったりする時もたまにあるけど、冷静になるといつだって先のことなんてよく分かんなかったんだから、これから先だってよくわかんないんだろうなって思う。これはデビューしようがしまいが同じことだ。

でも雑誌のインタビューやら、新聞の紙面やら、とらまるやらを読んでいて思うことは、きっと本人たちも実感してるようでしてないようでしてる、みたいな浮ついた感じなんだろうなということ。って書いてたら中村海人さんはどうやら実感無いらしい。そっちが実感なけりゃわたしもあるわけないな(笑)

 

そうこうして、デビューの日を迎えた。ジャニーズは一瞬でいいからサーバーを強くすることを学んでくれよ!!!!と思いつつ、なんとかファンクラブに入った。仕事しながらリロードしてたけど仕事に身が入らなすぎて諦めたりしてたからまあ番号はおもろいくらい遅い(笑)職場の先輩にオタク隠してたのに、ファンクラブ申し込みたいからバラしたし、先輩超愉快だから仕事より頑張んな!って言ってくれて面白かった(笑)ちょっとデビューの実感があった。

サーバーと戦ってたのでとらまるもあとから読んだ。メンバーそれぞれ綴る言葉は違えど、見たかった景色、今見てる景色、これから見たいと願う景色はきっと一緒なんだなあと思ったらけっこう泣いた(笑)これでまたデビューの実感をちょっとした。

iTunesを開いて予約してた曲とRemixも買った。「Travis Japanの音楽を買う」という行為にそわそわした。だって好きになってから4年半にして初めての出来事だったんだから。tofubeats Remixと朝見た時から楽しみだったけど、聞いてみたらめちゃくちゃ好きだった。ていうか耳から自担の声がレコーディングの状態で聞こえること自体嬉しくて。こうやって初めてを1つずつ終わらせて行くのかなと思ったらこのタイミングに相変わらずオタクしててよかったと心の底から思った。めちゃくちゃデビューの実感をした。

MVもプレミア公開からすでに幾度となく見た。むり、好き。namidaの結晶とは全然感情違うなあっておもったけどあれは比べてはいけなかった、反省。MVも買えるとの事で買った。デビュー曲に合わせて踊るTravis Japanにものすごく感動して、わかってたけどこれがデビューなんだって。MVでもとてもデビューの実感ができた。それにしても海人くんどうやってゴールに乗ったん?教えて?

 

 

本人たちの言う通り、ここからがスタートなんだと思う。これからもTravis Japanは前に進むし、たくさんの時間を7人で重ねていく、それでも今までの道のりも全て含めてTravis Japanだから。やっとプロローグが終わって、第1章の1文字目を書き始めたところ。

たくさんの先輩や仲間がJr.からデビューするというスタートラインを切ったという事実は変わらないけど、スタートラインまでの物語もスタートしてからの物語もTravis Japanオリジナルの物語。その1歩1歩を一緒にたどって行きたいな。きっとこれからも毎週月曜の朝を待つ週間少年ジャンプを心待ちにする子供のように、わたしもTravis Japanのこれからにときめく。

 

 

 

さて、わたしあるあるの海人くんの過去を振り返ろうと思う。この4年半、現場に初めて足を運んだのは4年前。色んなことがあったなあ。海人くんはどう振り返るんだろう。

私が大好きなあの舞台、海人くんが自分と向き合って、苦悩して、毎日必死に生きてたからこそ、相変わらずあの舞台にもう一度通いたいと思う。今の海人くんにはもう「夜王子と月の姫」は必要ないかな。寂しくもあるけど、それは海人くんが成長した証拠のような気もするから嬉しい気もする。

8.8も克服したよ。まだ笑って見れないけど、友達のスト担とあんなのどっちも地獄だったよねって酒を酌み交わしたのでちょっとまた消化できたかな。あの出来事がデビューに繋がった原点だと思ってる。海人くんと一緒にどん底見れてよかったなあ。その後の夏は海人くんのせいで病み散らかして辛かったけど(笑)厳しい言葉かけてくれてありがとう。そして海人くんの隣にあなたをフォローしてくれる仲間がいて本当に良かった。おかげで海人くんのこと嫌いにならずに済んだ。

毎年秋によくわからん舞台にも行ったなあ。南座が1番好き。トランポリンが出てくると、今日も無事に怪我なく終われますようにってそればっかで全然ダメだった(笑)心臓ギュッてなってたし、息の仕方もわかんなくなることが多かった。初年度のショータイムが1番だったな。

帝劇ゼロ番とかいうバカスゴな場所にたった一人で立つ海人くんも見れたな〜そういえば。一瞬だったんだけど、でもその一瞬が大事だった。世界一幸せな瞬間だった。フラッグ振ってる海人くんも好きだったし、緑の燕尾が死ぬほど似合ってたし、あの頃がいちばんお手紙書いてどこが良かったとかどこが好きとか伝えてたな。今思うと健気なオタクだわ。

全国ツアーも私としては結構地方行った。初めて関東圏より北に上った。神戸まではお友達と運転して行ったのも思い出!世界一楽しかった。あのツアー、海人くんはどこ見てんだかわかんない地獄ツアーだったけど、まあ、TABOOが可愛かったのとMC大天才だったからトータル許す。次はちゃんとこっち見てよね。

先輩のバックに着く海人くんも何度か見に行った。こう思うとPARADEが最後なんだ?!まじか。PARADEめちゃくちゃ好きだった。ねじ込んでくれてありがとうございます、山田涼介先輩。キスマイのバックでめちゃくちゃ可愛がってもらってたのも思い出。曲も衣装も貰って、そのたびに本当に感謝でいっぱいだった。誰の後ろにいてもスポットライトが当たってなくても、海人くんが世界でいちばんかっこよくて大好きだったな。

こんなもんかな。まだあるけど細すぎて引くレベルまで描きそうだから自重。4年半のこの思い出、全部愛しくて全部大事だから、大事に抱き抱えたまま歳重ねていこうと思う。これから作る思い出も増やしつつね。

 

 

いつか誰かに世界で一番好きだった人は誰?と聞かれたら、笑ってこの人って海人くんのこと指さすって決めてる(笑)わたしが世界で一番必死に大事にした人。これからももちろん世界でいっちばん好きな人。

出会ってくれてありがとう。アイドルで居続けてくれてありがとう。夢を追いかけてくれてありがとう。夢を叶えてくれてありがとう。

まだまだ海人くんの、Travis Japanの夢は始まったばかり。これからもたくさんの壁にぶち当たって、必死に考えてもがいて、7人で乗り越えていくんだと思う。雨はいつか止むし、その雨は地面を固くする。これはデビューまでに学んだし、ちゃんとTravis Japanの糧になってると思うから。

素敵な夢をこれからも見続けてね。Travis Japanなら大丈夫。

 

 

 

2022.10.28〜

全世界に轟く咆哮を。